sabi to saba

暮れる

「白蛇は富をもたらすそうですけど」
「うるさいぞモブ。俺の計算じゃ、今月の売り上げは先月の十五パーセント増しだぞ」
「そこなんですよ」
湯気の立つ丼からラーメンを一本掬い上げる。その箸先を向ければ、細麺は白蛇の口へつるりと吸いこまれた。
「はあ?」
12月。日付も変わって深夜である。人々が寝静まった後、川べりで静かに「ラーメン」の赤い提灯を灯す屋台があった。通うようになって何年経つだろう。依頼で遠出をしたりして遅くなった時は、大体ここで夜食になる。今日は隣県まで行ったので名物の蕎麦でも食べて帰ろうと思っていたのだが、結局終電に乗るのがやっとだった。
「いや。言い伝えって本当なんだなって、思いまして」
「……先月からの十五パー増しが? 今になって言うことか? 何年一緒にこの商売してんだよ」
カウンターに蜷局を巻いている師匠は訝しむように目を細めた。琥珀色の眼球に、まん丸の大きな黒目がぎゅっと縮まる。この目も随分見慣れたものだ。綺麗で可愛くて、鋭い。このあわいはここのラーメンスープの色にも似ている。
「でもこの頃業績が安定してるっていうか、悪くないですよ。あんたにお布施みたいな形で心付をくれる人もいるし」
白蛇と言うのは存外受けがいいのだ。初見こそぎょっとする人が多いけれど、中身は師匠なので悪さをするわけではなし、ぼくが「師匠」と呼んでいるのでそれでなんとなく納得されているみたいなところもある。
だが師匠は「そんな理由か」とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「そりゃおまえの仕事がいいからだ。だからこそ、蛇がウロウロしてても大目に見てもらえてんだよ」
師匠はえらそうにそう言うと、小さな口をぱかりと開けた。箸で細く裂いたチャーシューを入れてやる。蛇は醤油にしっかりと漬け込まれた肉を味わうように口を数回もごもごさせ、やっぱり一息に呑み込んだ。
「あ~~うま。モブ、もう一口」
「全部食べていいですよ。詰まらせないようにだけ気を付けて」
「バッカおまえ、こっちは味玉丸ごとでも平気だっつの」
そんなやり取りをしていると、カウンターの向こうでネギを刻んでいる店主がクスリと笑った。
「今日も仲がいいねえ。羨ましいもんだ」
言うだけ言って、御年六十九だか七十だかのぼさぼさの白髪頭が調理台の下に消える。皺だらけの手に何かを持って顔を出したと思ったら、目の前にコップと小皿がことんと置かれた。薄切りのチャーシューが二枚に、メンマ。それからぷんと香る強い匂い。
「……お酒?」
「売りもんじゃあない、俺が仕事中飲む用に隠してる酒よ。年内は今日で最後だから、それで一杯やっていきな」
店主はもうネギを刻む作業に戻っていた。トントンと言う小気味の良い音。すぐそばで沸いている鍋からもくもくと湯気が上っている。一瞬強い風が吹いて、湯気と一緒にネギの辛味が熱く鼻腔を刺した。
「……ありがとうございます。いい匂いだ」
ガラスコップを鼻に近づければ、それは夜の澄んだ空気に鮮明に香った。サワーやビールは今でも時々買うけれど、日本酒なんていつぶりだろうか。透明で濃厚な液体は見ているだけで酩酊しそうだ。
「あんたも下戸って面してねえもんなあ」
「そうですか? そんなつもりはないんだけどな」
「なら修業が足らねえんだ。そこの師匠によく教えてもらいな」
「言われてやんの」
師匠が赤い舌をちろりと出す。そのまま首を下ろし、丼の中のスープを舐める。が、さすがにまだ熱かったようで、すぐに舌を引っ込めた。師匠は蛇の姿になってもその特性の縛りを受けることはない。しかし真冬でも冬眠しなくても良いのと同様に、蛇だろうが人間だろうが猫舌なのは変わらないのだから、そのへんをいい加減自覚してほしい。いや、自覚しないのは人間の時もそうだった。
コップに口をつける。アルコールのじんわりと灼けるような熱さが唇を舐めた。それが口の中に染みて、喉の奥へと伝い落ちていく。胃のあたりがかあっと熱い。煮えたスープの熱さではなく、アルコールが粘膜を刺す熱さだ。
「師匠も少し、頂きますか」
「んん、そうだな。折角だし一口もらうかな~」
師匠が呑気にそう言うので、師匠の方へお酒の入ったコップを押しやった。カウンターが先ほどの湯気で濡れたのだろうか。スムーズに動くはずのコップはなにかにつっかえたようにかたんと躓く。その拍子に手元がぶれた。はずみで跳ねた中身がコップを持つ手に少しかかった。うわ、もったいない────けれど、仕方ない。濡れた手をそのままに、もう一方の手で近くに置いていたおしぼりを持ち上げたのと。
その感覚は同時だった。
師匠の舌が、ぺろりとぼくの手を舐めた。
その感触はまるで人間の、人間の師匠のそれみたいに生々しくぬるついた。
どうやって家に帰ったのか、覚えていない。
「んん、……っ、ふ、し、しょう」
玄関先なんて殆ど外と変わらない。組み敷かれた背中の下から、鋭い冷気がのぼってくる。だけど体は全然寒くなかった。ラーメンを食べたからか、日本酒をコップ一杯も飲んだからなのか、或いは自分に覆い被さっている人への劣情か。
「ん、だよ……」
張り詰めた声が、冷たい廊下に静かに響く。顎の輪郭、くっきりと浮き出た喉仏。こめかみで汗ばむ髪の、月の裏みたいな色。明り取りの窓から入る街灯の光が、懐かしい師匠の形をあらわにする。
「ここ、声……が。聞こえるから、中で……」
先に仕掛けたのはぼくだった。日本酒で温まったせいなのか、なんだか無性にしたい気持ちに襲われた。蛇の背を撫でに撫でていたから、師匠はとっくに気がついていたと思う。だけど互いに何も言わなかった。
玄関のドアを閉めるなり力を使った。前に立つ背中が振り向いて、その唇を引き寄せるのと腰に手が回されたのはほとんど同時だった。
「隣なら田舎に帰ったから留守だ」
「そ、ういう問題じゃ……」
「布団まで行くのが惜しい。それに黙って脱がされてたくせに、今更だぞ」
首筋をぺろりと舐められる。さっき感じた感覚と同じ、今度は本当のそれで。皮膚がぬるつく。思わず体がぞわっと震える。弾みで浮き上がった腰を押し戻すように師匠の重みが下半身に増す。性器が擦れ合った。固い。触りたくて手を伸ばしかけるけれど、届くよりも早く師匠が腰を擦り付けてくる。
「……は、おまえ、ガッチガチ……」
上がる息の間で師匠が笑う。
「酒飲んで萎えねーのな」
「あんただって、……っあ、人のこと言えないだろ……」
「あのなあ、おまえがこんなエロくなってんのに萎えるわけねーだろ。こっちは道道すげえ手つきで触られてたってのに、このまま寝てたまるかよ」
「それは……やり過ぎ、ました」
「反省を今後に活かせ。……ふは、あー、早く入れて、動きたい。おまえの中ぐちゃぐちゃにして、泣かせたい」
掻き抱く背中が笑い混じりに小さく揺れる。
「なんて嘘……って言いたいけど」
亀頭が亀頭を、陰嚢が陰嚢を擦る。戯れるような触れ方に耐えられない。鬱血していく快感のはけ口を求めて、縋るように師匠の唇へ噛み付いた。
「ん……、やらし。茂夫」
溜まった唾液が唇の端から溢れて垂れる。師匠の、ぼくの。混じり合って伝っていく。まるで蛇の跡みたいに。
「んう、ふ、あ、あっ、好き、」
「知ってる。俺も」
言葉が出ない。言葉にならない。それでも溢れ出る感情を、師匠がすくい取ってくれる。そのこまやかさがたまらなく好きだ。自分ではもうどうにもできない。全部もっと飲み込んで欲しい。ぼくごとなくなってしまうほど。
「はあ、くち……熱、い、ししょお」
必死で縋り付く。師匠がわらう。
「なあ……もっと声聞かせてくれよ。おまえの気持ちよくなってる声、たまんないから」
ほんの少し意識を向ければ、この空間を遮音することはできるはずだった。溶ける頭でようやくそのことを思い出す。右手のひらをドアへと向けた。その一瞬が限界だった。
「あ、ああっ、ん、く、ふあ、」
一日の疲れ、飲酒。そのうえ師匠を人の形に保つことへ残る力の殆どを傾けている。だけど結局、自分がそうしたくてしているのだ。体力が磨り減ればすり減るほど神経はハイになって、師匠が欲しくてたまらない。体の中にも、外からも。この欲望に抗う理由なんて、ぼくはもうとっくになくしてしまった。
この人が応えてくれる限り。
師匠の腰に手を滑らせ、擦れ合っている下半身をさらに強く引き寄せる。汗と先走りで既にべとべとだ。それをさらに密着させるように力を込めると、背中がじわっと床を離れた。そのまま上半身を起こして、師匠の右胸に吸い付く。
「────ッ!」
耳元で肘をついている師匠の肩が、驚いたようにがくんと下がった。
「おま、……っあ、いきなり、」
「ごめん。でも、師匠の声も聞きたくて」
体勢が崩れ、間近に迫った体温を深く咥え直した。そのまま躊躇いなく歯を立てる。抱いている体が大きく震える。空いている方を指先で摘めば、鳥肌を立てて硬くなっているのがはっきりわかった。
「く……っあ、……」
「もっと痛いのがいい?」
「ばか、調子こいてんじゃねー……」
はあっ、という熱い息が、耳の上に直にかかる。はらはらとこぼれる髪が顔の右半分を掃いてくすぐったい。肌からお香のような香りが立った気がしたけれど、遠い昔の幻覚かもしれない。
「ふ、……モブ、」
「はい」
……したも。師匠が掠れた声で呟いた。
乳首を弄ぶ手を離し、脇腹から太ももを舐めるように撫でた。失った時から変わらない、三十八歳のままの体。師匠はよく「こんなおっさんじゃしゃーねーだろ」と自虐のように言っていたけど、今や見た目からは想像もできない年齢になってしまった。
しなやかな皮膚。薄い骨盤。大腿骨。触れているだけでぞくぞくする。下へ下へと弄る指先に、やがて湿った毛がじらじら絡みついた。
勃起し切っていらと思っていたペニスは、握りこむとまたぎゅっと身を硬くした。根元から先端へ、袋ごと手のひらでゆっくり撫で上げる。亀頭を割って指の腹で粘膜を嬲れば、師匠が大きく息を吸った。目を閉じ、唇の端から苦しそうな息を漏らす。この顔が大好きだ。
「気持ちいい、ですか」
師匠はゆっくりと目を開けた。目の周りが汗ばんでいる。髪の毛と同じ色のまつ毛も、重たげにしっとり濡れていた。黒い瞳にぼくが映っている。霊幻新隆という真実の中に、正しさも嘘もない。
「ん。すげえいい、よ」
師匠は優しい顔で笑い、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。犬でも可愛がるみたいな感じだったけど、それが嬉しい。
「舐めたいな」
「お気持ちは大変嬉しいんだが、今口でされたらそのままイキそ」
「イッてもいいですよ。そしたらまた硬くしてあげる」
「やめとけ。明日仕事になんねーぞ」
「どうかな。試してみますか?」
会話しながら指先で触れるだけに留めていた手を、またするすると動かしてみる。師匠はぼくのするがままにさせていたけれど、やがて自分も手を伸ばして、ぼくの陰嚢に触れた。ふわふわと弄ぶように柔らかく転がされ、揉まれる。身をよじるほどつらくはない。それでも絶え間ない静電気のようなゆるい快感が、たしかに下半身の感覚を鈍らせていく。
「……おまえさ。バイト来るようになったばっかの頃、覚えてる」
感覚に意識が囚われかけていたところで、師匠は突然そう言った。唐突に一体なんの話だ。
「小五の頃? なんでしたっけ」
ペニスを擦る手を止めない。ゆるゆると扱く。師匠はまた深く息を吐いた。先走りがじわりと染み出してくる。
「出張依頼でN町まで行ったことがあったろ。電車に乗ってさ」
「ああ、ありましたね。確か引っ越し好きの霊がいて……懐かしいな」
「あの頃の調味駅はまだホームドアなかっただろ。おまえ電車が来るアナウンスが流れたらなんも考えずにふらふら前に出て行ってさ。あーガキだなあって。危なくて手ぇ握ったの」
師匠はそう言いながら、ペニスに触っているぼくの手に触れた。指先から甲、前腕から二の腕を流れるように触る。肩口から鎖骨をなぞって、最後に左ほっぺたをつるりと撫でた。
「子どもだったのになあ、おまえ。ランドセルも学ランもブレザーも、リクルートスーツだって、見届けた。次はなんだろう、結婚式は呼んでくれんのかなあとか、その先も色々、考えてたけど」
師匠はそう言って頰に触れた手を離そうとした。その手を掴んで引き寄せる。何か言いたげに開かれた唇を、自分のそれで塞いだ。一度離れて、もう一度。離れたあと、目が合った。吐息の湿度。鼻先が触れるほど近い。どんな顔をしているかなんてわからないほど、体温を感じている。
「……後悔してますか?」
近すぎて見えないほどの距離で、
師匠ははっきりとわらった。
「後悔したって、やめらんねーよ」
陰嚢を揉んでいた手がおもむろに離れて、冷たい指先がずぷりと体の中に入るのがわかった。中指が指先から根元まで一気に押し入ってくる。指の腹が腸壁を押し上げ、拡がった隙間から薬指も入れられた。きつ、い。ゆるゆると責め立てられていただけの体は、突如として切り裂くような快感に割れる。
「ん、あああっ……! ちょ、待っ」
「力抜けよ。アレ、取れるか?」
師匠の落ち着いた声が耳元で囁く。アレと言うのは潤滑剤のことだ。すぐそばにあるバスルームの戸棚に入っている。痺れかけている手を伸ばせば、それは宙を飛んできて師匠の手に収まった。
「あっ、あ、あー……」
「痛かったら言えよ」
「んう、平気……っ」
ねっとりとした冷たいジェルが、体が解れていくのにつれてじわじわと腸壁に馴染んでいく。いつもより多めに取ったのだろうか。溢れて床に垂れて拡がった液が太腿についてべたべたする。ふと横を見れば、ローションのチューブも蓋が半開きで転がされていた。
「脚、もうちょい開けるか」
言われた通りにする。体の中の指が、さらに奥深く入ってきた。体の強張り。一つ一つのたびに息が止まってしまう。息を、息をしなければ。
深く押し込んできた勢いに乗じて、師匠も少し身を乗り出した。軽く唇が開いて、中から赤い舌が覗く。舌はそのままぼくのペニスをペロリと舐めた。
「ひあっ、?!」
思わず背中が反る。バランスを崩してそのまま後ろに倒れそうになるのを、両手をついてなんとか持ちこたえた。のけぞった喉を顎から落ちる汗が伝う。
「んあ、やだ、両方は……っ」
師匠は意地の悪い視線をぼくに向け、舐めているものをそのまま口の中に咥え込んだ。瞬く間にぎゅっと絞られるような感覚が体を走る。根元にわずかに歯が当たった。熱い。熱い粘膜がずるずると吸い付いて動く。後ろに入れられている指の動きに翻弄され少し柔らかくなっていたそこは、痛いほど張り詰めていく。
咥えながら、動かれる。二本の指は腸内を緩め、開いて、まだ奥に来る。ぎゅっと詰め込まれたあと、ずるずる抜けていく時の空気が冷たい。足の先は玄関ドアで、一枚隔てたらもう外なのだ。こんな十二月の深夜、冷たいに決まってる。でも、全然忘れていた。
「あっ、あ、気持ちいい、ししょ」
勝手に腰が揺れる。快楽から逃れるための、もっと強い快楽を欲している。行き着くところまで行って、いっそ痛みになればいい。耐えがたいほどの痛みを。あんたから生きることも死ぬことも奪ったぼくの傲慢さを、滅茶苦茶に踏み付けて壊してくれていいのに。
そうしないのは、どうしてですか。
「あ、やだ、う、」
床についている手のひらが熱い。腰から背中、毛穴が逆立つのがわかる。悲しくないのに目尻からどんどん涙が流れていく。嗚咽にむせる。熱い、苦しい、でも気持ちいい。気持ちよくて脳がとろけそうなほどだと思ったけど、師匠に触られている時、きっとぼくの脳は本当に溶けている。
それだけ、思った。
「やだ、あっ、いく、いく、あ、ふあ、ああっ」
根元がかあっと熱くなった瞬間、師匠は口をずるりと抜いた。同時に指も乱暴に引き抜かれる。振動で精液がそこら中に飛び散った。揺れる頭。でも、体が軽くなったと思った次の瞬間、もっと重いものが埋め込まれた。
それがなんなのか、
「ぐ、っ……あ!」
「お待ちかねだろ?」
荒い息で、師匠がわらう。
「いい顔だなあ」
両膝を抱え上げられ、更に深く押し入られる。後ろ手に仰け反っている体勢のせいで、感じたことがないほど奥にまで当たった。
「は、……っあ。きっつ」
そう呟いて師匠は天井を仰いだ。明かり取りから入る光を逆光に、乱れた髪が空気の中に陰影を作る。ぼんやりと乳白色の明かりの中を、鮮やかな赤い光がくるくると回りながら動いていく。防犯パトロールの警察車両が近くを通っていくのだろう。
「んあ、はっ、ああ、あ、いい、」
「俺も、今日すげえ気持ちいい……」
腰を揺らされるたび、まだびくびくと痙攣しているペニスの先から、まとわりついていた精液が垂れて腹のあたりを汚す。唾液と精液でべたべたになったそれを師匠は再び握った。手のひらを汚すくちゅ、という音。いや、まさか。
「……っ、本気か、あんた」
「おまえならいけんだろ」
悪びれもなく言う。勝手だ。
「自分、は、断ったくせに……っ」
「いいだろ、モブ。俺に入れられながらもっかいイケよ」
師匠はそう言って、大きく腰を動かした。
貫かれて、扱かれた。前と後ろ。どちらに意識を配ればいいのか全然わからない。ただひたすらに責め立てられて、それを追い出すことも自分を守ることもできない。腕がついに痺れ切って、あえなく後ろに倒れこんだ。すぐそばに自分のコートが床に放り投げたままになっているのが目に入る。とっさに掴み、顔に当てて漸く快感を凌ぐ。こんな顔、幾ら朧げな光越しでも見られたくない。そう思ったのにすぐに取り去られてしまった。
「見ろよ。もう勃ってんじゃん」
師匠がえぐってくる。体の中から、外からも。五感の隅々まで行き渡って、呪いみたいに永遠にぼくを支配する。
「だって、あんたが触るから……っ」
「悪い悪い。おまえ、可愛くて」
「さいてい、だ……明日起き上がれなかったら、どうしてくれんですか」
「休みにしちまえよ。年末営業が一日くらい短くなったって構やしねーだろ」
師匠は軽くそう言って、ペニスを擦る手を離した。腰を掴まれ、軽く捩られる。入れられている角度が変わって、また違う場所が刺激される。感じれば感じるほど、師匠も中で硬くなるのがわかる。
「白蛇が富をもたらすなんて大嘘だ」
「……バーカ、そんなこと」
来年に祈っとけ。師匠は本気とも冗談ともつかないようなことを言う。
「あらたか、」
「ん、……」
名前を呼んだのに、続く言葉を思いつくことができなかった。
だけどきっとこの人にはわかっている。
師匠の腰の動きが早くなる。強く、早く。裂くように。薄暗い視界が揺れる。背中が擦れる。体の奥底から揺さぶられて、今なら死んでもいいとさえ思う。
なんでだろう。あんたに与えている痛みがもっと返ってきていいはずなのに、痛いことなんて全然なくて、ただひたすらに気持ちよくて。気持ちよくて、このまま死んでもいいと思うのに、ぼくはまだ全然死にたくない。